a cigarettte & love 1




人とちゃんと向き合うには、色々なことと向き合わなければならないのだ。
自分自身を含めた、色々なことと。
人から逃げないことは、イコール、自分から逃げないこと。
俺はようやく、そのことに気付き始めていた。




「はい、これ、法学のプリントね」
キャンバスの中庭で。昼休みの頭に待ち合わせしていた俺とユウコ。彼女は、言って、両手でクリアファイルごとプリントを渡してきた。
「サンキュ。まじ助かるわ。これで僕は留年の危機から救われます。ああっ、僕の女神様ぁ〜」
「ヒロくん、キモいから」
俺の適当な冗談を適当にあしらって、ユウコは、ほえほえと笑った。
ユウコの笑いが途切れると、とたんに場に気まずい沈黙が訪れた。昼休みで、キャンバスは学生の賑わう声で溢れているのに、ここだけが切り取ったみたいに重い沈黙で満ちていた。
ユウコは、うつむいて、フラットなパンプスで地面と遊ぶようにしながら、俺の次の言葉を待っているのか、それとも自分の言葉を探しているのか、ただひたすらに黙していた。俺は、彼女の派手な付け睫毛を見て、抜けるように青い空を仰いだあと、短く息を吐いた。
『あのさ、』
言葉を切り出したのは同時だった。
「…っと、悪ィ。えっと、何?」
「ううん、ヒロユキくんからいいよ」
ユウコが、苦笑いと共に小さく手を振った。
俺は、もう一度短く息を吐いて、腹に力を入れた。
「この前の飲み会のことだけどさ」
俺の言葉に、彼女は、傷ついたかのような、驚いたかのような、複雑な表情をした。
「なんて言えばいいのかわかんねーけど」
俺は、頭をかいた。言葉を探していたのだか、どうしても綺麗にまとめられそうにない。諦めて、自分の思っていることを言葉に乗せることにした。
「なんか、今までごめん」
俺は、小さな彼女に向かって、大きく頭を下げた。
「俺って、昔っから適当にかわしてやり過ごすっていうのが基本だったんだけどさ、その…なていうか…ユウコみたいに、ちゃんと人と向き合ってくれる人には失礼っていうか、その、」
『本当に彼女のこと好きなの?どうして好きでもないなら付き合ったりするの?中途半端な優しさが相手を一番傷つけるって、ヒロくんわかってないよ!』
密やかに、頭の中で彼女の言葉を反芻する。
「悲しいことなんだな、って」
俺は、彼女と正面から向き合っているつもりでいた。しかし、そうではなかった。見捨てる、切り捨てるほど悪いことはできないくせに、きちんと対峙する努力も根性もなかったのだ。相手には伝わってしまうのだろう、俺の、中途半端な態度は。
ユウコは、切れそうな表情で俺を見つめていた。俺は言葉を続ける。
「だから、ユウコのこと、ちゃんと考えるよ。ユウコは可愛いしいい子だし、俺も、その……好きだしさ」
照れ隠しに笑う俺を見て、彼女の目からポロリと、大粒の涙が溢れた。




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