injurer & victim 2


injurer & victim 3




俺は浴びるように飲んだ。何を話したのかとか、何をつまんだのかとかはよく覚えていない。うっすらと覚えているのは、何かを聞いたひとみの言葉に、俺が迷わずに答えると、彼女は見ているこちらが苦しくなるようなぎこちない笑顔を浮かべてうなずいたこと。
そして俺は彼女の部屋へなだれ込むと、貪るようにお互いを求め合った。俺はずっと望んでいたことだった。彼女を愛していたから。嬉しいはずなのに、喜べなかったのは、酔いのせいなどではなく、彼女から放たれる感情が切なすぎるものだったから。
誘ってきたのは、お前だろ?
「なんで誘ったんだよ」
俺は、裸で寝転んだまま、彼女に背中を向けて訊いた。答えるかわりに、彼女はタバコに火をつけた。体に小さな小箱が乗ってきた。手に取ると、希望という名のついたそれは、名前とは裏腹に体には絶望を与えるものだと、誰かから聞いたことがある。自分に対する怒りと、彼女に対するじれったさで腹の底が煮えくり返った。
「やめろよ、タバコ」
シーツを掴んで苦く呟く。
「お前には似合わないよ」
俺の言葉に、彼女は一瞬だけ動揺した雰囲気をかもし出した。すぐに動揺をひっこめて、自嘲気味に、でも、どこか悲しく笑った。
「それ、前にも言われたことある」
俺は、あえて『誰に?』とは聞かなかった。
周りの人間はほとんど愛煙家だけれど、実は嫌煙家な俺は、今日は我慢できないほど彼女が吸うタバコの臭いが不快で、苛立ちを加速させた。
「こういうことして楽しいの?」
「楽しくはないよ」
俺の問いに、彼女は冷たく答える。
「でもここに生きてるんだって思う」
俺は、彼女の手を引いて押し倒した。タバコをくわえた瞳が、ゴミ溜めのように濁りきっていた。ああ、俺はやってはならないことをしてしまったのかとようやく分かった。
「どうすればいい?」
彼女にもたれかかって、耳元で囁いた。
「どうすればお前を助けることができるんだよ」
声が震えないようにするのに必死だった。零れ落ちた涙が、彼女の黒髪を濡らす。
「菅原くんってさあ」
彼女の右手がゆっくりと動いた。口元のタバコを挟むと、俺の肩先に軽く押し付けた。ジュッという小さな音と共に、鈍いのに鋭い痛みが肌と心をえぐった。
「お父さんみたいって言われるでしょ」
今度は腕へと火が押し付けられる。ああ、肌より、心が痛い。
「よく言われる。あとお兄ちゃんとか親戚のおじさんとか」
「うん。そんな感じだよね」
小さな音を立てて、数箇所に跡が残る。肉体の痛みなんかどうでもいい。この心の痛みが、彼女と何かを共有できているならば、それでいい。
「誰がお前をそんなに辛くさせるんだよ」
俺は彼女を見下ろして訊いた。ゴミ溜めの瞳が鈍く俺を見て、煙をふきかけた。
「君みたいな人」
彼女は、花のように笑った。
「一緒に堕ちようよ」
俺に向けられた、最後の笑顔だった。




20100311






タバコシリーズで実は書いていて一番楽しかった章でした。
菅原くんには幸せになってほしいと思う。