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「ったく、フリーターだと思いやがって、あのクソ店め…」
ロッカーの鍵が回り、鍵の開く小気味良い音と、鈴木さんの声が重なる。
「鈴木さん、仕事できるから頼りやすいんですよ」
「いや、あの人、絶対いいように利用してるね!そりゃー社員じゃないから安ーい時給のバイトを利用する手はないだろーけどさー。これで給料が初任から一切変わらないんだもん、ホントあの人、利用してるわ、あたしのこと。鬼か!鬼だ!あれは鬼だ!」
「確かにそれはちょっとひどいですね」
着替えながら愚痴をこぼす鈴木さんを、愛想笑いと共になだめる私。
人間の会話というものは、話者たちが共通に関係のある概念、意思、情報についてか、もしくは、ある話者だけが関係のある概念、意思、情報を、別の話者に提供する形で行われると私は思う。両方を行う相手、片方しか行わない相手、それは自分とその会話相手との距離や関係によってまた違ってくるが、バイト先の同輩や上司との会話内容は、ほぼ前者に固定される。その中で、店長の愚痴、というものは、店長当人以外には一番手っ取り早くて手ごろな話題だ。販売業や飲食業の店長というものはある程度憎まれてナンボな部分があって、その憎まれも背負うことを覚悟でやるのが店長というポジションだと思う。
そして、たとえ私が彼のことを嫌いじゃなく、むしろそれとは正反対な感情を抱いているとしても、協調性というものが社会には求められるわけで。
私は、制服を鞄に詰めて、ロッカーに鍵をかけながら、
「ホント嫌なおじさんですね」
薄く笑いながら言った。

鈴木さんと私は、使う電車の路線が別々なので、改札手前で分かれる。長身の彼女にはおよそ必要ないと思われるハイヒールを軽やかに鳴らして改札をくぐる背を見送って、改札前にあるコンビニでしばらく時間を潰した。大して興味のない雑誌に目を通して、時計の長針が文字盤二つ三つくらい進んだところで、適当な商品を買ってコンビニを出た。彼女の通った改札とは反対側に位置する、別の路線の改札を通る。ホームに続く階段をのぼりきったところで、携帯電話とにらめっこを続ける、見知った顔を発見する。私が待っていたはずなのに、相手に待たれた気分になる。
ホームに滑り込む電車の纏(まと)う風が、私の髪を遊ぶ。押さえながら、問うた。
「レジ誤差、大丈夫だったんですか?」
「んー、」
彼は、携帯電話をゆっくりと閉じ、目の下を人差し指で掻いて、
「めんどくさいから、自腹切った」
「大人は大変ですね」
「中間管理職なんてしょせんこんなもんだよ」
「今日はどっちの家行きます?」
「ひとみちゃんちがいい」
「というか、私、店長の家行った事ありません」
「れー?そうだっけか?」
彼はとぼけた声で誤魔化したけれど、本当はわざと自宅を教えないのだと、知っている。「じゃあ今日は俺んち来る?」って、絶対に聞いてくれないのも。私は、それだけの存在である、ということも。でも、それには言及しない。終わっちゃうのは少し寂しいから。
「ひとみちゃん、乗んないの?」
電車の発車を告げるベルと彼の声で我に帰った。あわてて電車に乗り込む。
「ぼーっとしてるなあ、ひとみちゃんはー」
言って笑う彼。
いつだってあなたは私より少し先を行くのね。
「すみません、妄想してました」
「何?どんな妄想?」
「テスト前の大学にテポドンが落ちてくる妄想」
「俺もテスト前と夏休み最後の日にはよくそれ考えたな〜」




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