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「それではぁー、我がオールラウンドサークル飲み会〜秋の陣〜開催を祝して〜」
立ち上がり音頭をとるサークル長の菅原が、右手に掲げたビールジョッキを、高く上げた。

「乾杯!」
『カンパーイ!』

彼の掛け声と同時に、それぞれがグラスをぶつけ合う。ガラスの触れ合う心地よい音と、人々の明るい声が弾ける。
大学の最寄り駅から徒歩三分の、某大型居酒屋チェーン店。中型のお座敷に、十五人ほどの大学生が集まり、飲み、騒ぐ。この景色を見ると、『ああ、大学生っぽいな』と思ってしまう俺は、もしかしたら駄目な大学生かもしれない。
男同士で授業の愚痴を言う者、女の子でバイト先の先輩の話をする者、男女で酒を飲ませ合い、次第にエンジンのかかってくる者。賑やかなこの空間は、楽しい。泡沫の夢だとしても、やっぱり楽しい。
ユウコは向かいの真ん中あたりで岡部と笑い合い、ひとみは俺と点対称な位置で、腰まであったロングヘアを一気に耳元まで切ってますます笑顔が少年っぽくなったヒロさんと話している。
無意識のうちにチェックを入れている人物が、ユウコと、そしてひとみの二人であることに、俺は自分の深層心理を垣間見た気がした。

タバコの件があってから丸々二ヵ月は過ぎていた。
ひとみは今、タバコを吸っていた。

まあニコチンを断つにはなかなか根気がいることは知っていたけれど、複雑な思いを抱いた。それでも、以前のような強いものではなく、俺が前に交換したのと同じものを継続しているらしく、そこには安心した。
俺が以前吸っていて彼女と交換し、今彼女が吸っているのは、音楽記号で「とても弱く」を表す『ピアニッシモ』。若い女性も好んで吸う銘柄で、タール1mg、ニコチン0.1mgの、ほとんど苦味も感じない、軽いやつだ。
対して、彼女が以前吸っていて俺と交換し、今俺が継続して吸っている『ホープ』は、数あるタバコの中でもトップクラスを誇る苦さで、タール14mgの、ニコチンは1.1mg。
数値からもかなりの幅が読み取れるが、非喫煙者のために軽く説明すると、砂糖とミルクたっぷりの甘々カフェオレと、ブラックコーヒーのかなあああり濃いやつくらいの差はある。
タールやニコチンの量が少なければ、肺ガンなどの、タバコが原因で引き起こされる病気に全くかからないというわけではないが、それでも俺は、この苦味を甘んじて受け、これから彼女を遠ざけることができていると自負することで、彼女を少しでも守れる気がしている。
ヒロさんと何か話し、綺麗に笑う彼女の完璧な笑顔が、煙の中で揺らいだ。
そんな様子を盗み見ながら、俺は、比較的静かに、隅のほうで菅原とグラスを傾けていた。
実は俺も副長などというものをやっていて(『土方歳三っぽくてかっこいいからやってもよい』と言ったら半ば強制的に決まっていた)、今度の、合宿と称した『伊豆のビーチで三日三晩飲み明かそうお泊り会』の打ち合わせをしつつ、進路のことや授業のことも話し合ったりしていた。
「今日の法学、なんで来なかったの?」
黒縁メガネの、いかにも都内のインテリ大学生といった小綺麗な身なりの菅原が問いかけてきた。俺は、きゅうりのたたきを口に放り込み、
「…昨夜、木若さんと竹村さんに捕まって、二日酔い…」
「おぉ…バッファローコンビか…御愁傷様」
くいっとジョキの生ビールを空けて言う菅原。サークル長、副長であり、同時にサークル内で1、2を争うザルである俺たちは、バッファローコンビの恐ろしさを熟知していた。木若さんと竹村さんの方を見ると、瓶ビールを抱き抱えながら岡部に絡んでいた。岡部、顔面蒼白だし。
「もう法学諦めようかと思うよ」
虚しく呟く俺に、菅原が間延びした声で、
「あー、でも教授がね、『法学は欠席者多すぎて話になんないから、今日のプリント提出したら出席にするから、欠席者の分も持ってっていい』っつってたよ」
「マジで?」
俺は、飲んでいたビールを中断し、嬉々として菅原に拍手を送った。
「やっぱデキる男は違うね〜。はい、プリントありがとうv」
満点の笑顔で両手を差し出すと、菅原は、瓶ビールを引き寄せながら、
「いや、俺もらってねーよ。ユウコがヒロユキの分もらっとくっつーから」
涼しい顔で言い放った菅原の言葉に、一瞬固まる俺。
「やっぱり…」
菅原は、グラスを傾けた。
「お前、ユウコと付き合ってんだろ」
「あー…、うん、まあ…」
俺は、なんとなく決まり悪げにグラスにビールを注いだ。ビール飲めないやつ多いのに、なんでこんなに瓶ビール頼むんだよ。
「で?それ、いつから?」
「うーんと…一週間前?」
「うわ。ホヤホヤだな」
「みんな知ってんの?」
「さあ。ユウコも特別言い触らしたりしてるわけじゃないみたいだから、知らない人もいんじゃない?ただ、」
菅原は、ビールをくいっと飲み干して、
「お前かユウコのこと、よく見てる奴は知ってんじゃない?例えば俺とか☆」
「…そう」
ポップなポーズをとる菅原を受け流し、俺は、ジャケットからタバコを取り出し、火を点けた。
口の中に、刺激にも似た苦味が襲い来る。くそ、なんで『ホープ』なんて名前なのに、こんなにドギツイんだよ。俺は、タバコは舐める程度にたしなめればよかった。それでも、俺がこのタバコをやめてしまったら、その反動であるかのように彼女がまた自分を痛めつけるタバコを吸ってしまう気がして。
偽善と笑うのは、人を信じられないかわいそうな人の行為だと、俺は思っている。(…とでも言わないと、正直辛い。)
「……あ、そうだ」
どうしてこのタイミングでこの話題をひっぱってきたのかはわからない。もしかしたら、彼はこの時点で、全てを見透かしていたのではないだろうか、と思う。
菅原が、枝豆を食べながら言った。
「今日の飲み会の出欠とるときに、ひとみが『ヒロユキくんは来るの?』って、聞いてきたよ」




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